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2009年9月の13件の記事

2009/09/29

Lesson 98

ヴァイオリンのlesson98回目。
ハバネラ:もっと駒そばで。弓の速度をもっとゆっくりすると濃厚感が出る。
 テンポ一定で、八分音符、三連符、付点付きを正確に。

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2009/09/28

世も末(2)

 辻元の国土交通副大臣就任は前原大臣の一本釣りだった模様。本人が知らない間に閣議決定されてたそうな。しかしニュースではこの人を論客と書いているが単にしゃべりが派手なだけではないの?ただの大阪のおばちゃんや。論客という言葉は論理的な議論ができる人の事を言うのだ。

 それより前原大臣はマニュフェストに書いているから八ツ場ダムの建設を中止すると言っている。単にマニュフェストに書いちゃったから中止するというのは、旧社会党的な教条主義ではないのか?そもそもマニュフェストに書くときに本当に必要性や、続行・中止のメリット・デメリット、費用を考えたのだろうか?建設費用の大半はすでに使ってしまっており中止するなら自治体へ返還するというし、中止すると工事続行よりも莫大な費用がかかる可能性がある。完成させてしまって治水や上水に利用した方が安く付くのではないか?今の反対派はほとんどが地元ではなく利害と無関係な左翼活動家ではないのか?大半の住民は建設を受け入れ一刻も早く新しい生活を軌道に乗せたいのではないか?誰のための何のための中止なのか?中止するがために莫大な費用をかけるというなら、それこそ究極の無駄遣いではないのか?左翼市民活動家の自己満足のために何千億の血税が無駄になっていいのか?疑問は尽きない。非効率な公共事業の象徴として中止するのであれば何と高く付くのだろう。

 前原大臣の中止ありきの姿勢はどっかおかしい。続行・中止にかかるコストの比較などの数字も出してこない。出せない理由は何なのか?省内を掌握していないのか?前原は保守かと思っていたのだが、副大臣辻元指名といい実はプロ市民派なのか?あるいは誰かに弱みを握られてるのか、民主党内での権力維持のためなのか?

 これはダム建設の象徴だけではなく、民主と反民主の戦いの象徴みたいになってきた。成田闘争みたいなもんかね。ただ今回は左翼が政権を握ってるのが違う。

 建設地である群馬5区選出の衆院議員は小渕優子。小淵元首相が脳梗塞で倒れた遠因は小沢自由党の連立政権からの離脱、当時の民主党鳩山代表によるDocomo疑惑追及への対応などによる激務があり小渕側との確執は大きい。ダム建設潰しは亡き小渕元首相を含めた小渕派への仕返し、見せしめと取れなくもない。その意味でも民主党は何が何でもこのダムを中止する必要があるのだろう。
 これでは前大統領は必ず裁判にかけられる南米のどこかの国と一緒ではないか。これが政権交代というものなのか。何か勘違いしてる気がする。

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2009/09/18

世も末

国交副大臣に辻元清美氏…副大臣22人決定

 何ゆえ破廉恥な犯罪歴のある職業左翼がこのような職に就くのか。

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2009/09/15

lesson 97

ヴァイオリンのlesson97回目。

ハバネラ。どうせなら弓の下半分をメインに使うこと。ねっとり感が出る。
エクササイズ。全弓で朗々と。
 左指のエクササイズ。一弓で音符が16個ぐらい。64分音符か128分音符(?)ぐらいありそう。はやっsign03左指はよく叩くように。

YAMAHAのテキスト二冊目を終えたところで中級は終了だそうで、とてもチープな修了証をもらう。

 先日G線に加えてA線も切れたので9か月ぶりに(!)弦交換する。
 その前のドミナントは1年(!!)使ったので、比較すればコレッリアリアンスは持ちが悪いことになるが、とうに賞味期間は過ぎてる気がする・・・。
 新しい弦は先生に合わせてInfeld Blue。以前は音が気に入らなくなって4か月ぐらいで交換した気がするが、今回はどうだろう?

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2009/09/14

合宿

 週末は楽団の合宿。
 午後いっぱい+午前いっぱい弾きっぱなしだと流石に疲れる。そして夜には懇親会という名の酒池肉林エンドレス飲み会が・・・
 最近モチベーションが低下して家では余り弾いてなかったけど、イン・テンポだと付いてけない所が多いし色々やりたい曲もあるし少しやる気出てきた。

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2009/09/11

「グルッペン」国内35年ぶり演奏 ~聴衆に「別の耳」要求~

 9月9日読売新聞朝刊に松平あかね氏による先日の「グルッペン」演奏会の批評が掲載されていた。

 先日のサントリホールのサマー・フェスティバルの最終日にサントリー財団40周年記念事業の一環の特別公演として演奏されたのがカールハインツ・シュトックハウゼンのグルッペン。この曲は客席の左右と正面に3つのオーケストラが配置されそれぞれを3人の指揮者が指揮し、それぞれのオケでテンポが異なったり音がぐるぐるまわったり協調したりするという空間音楽。
 作曲されたのは50年も前だが日本で演奏されるのは初演以来35年ぶりという。
 ウェブで感想を書いている人たちはそれなりにいるが概ね好評・・・というよりこの曲が聴けただけで満足している風がないでもないので、ようやく批評らしい批評に巡り会えた。

 NHK交響楽団は、さすがに大崩れはしないものの、リズムや強度の変化が不明瞭だったほか、音響バランスのばらつきも気になった。また、客席をつぶして総譜の指示よりも高い位置にステージを増設したため、3舞台に囲まれた席につくと穴蔵の底から地上を見上げるよう。しかも席が減ったぶん、作曲者の意図に反して、多くの観客が外縁から聴くことになった。

 う~ん、この評が当たってるのかどうか実際に聴いていないから何とも言えないんですけどね。

 ところで<グルッペン>の意味するところはまだある。作曲者はひとつの音の高さや長さだけでなく、色合いや強さなど複数の要素を「セリー」とよばれる体系へ個別に組み込んで作曲し、さまざまな楽器の音を織り合わせてできた響きを群ととらえた。それはやがて個々の音にほぐれ、離合集散をくりかえす。群を一本の木にたとえれば、個々の音はさしずめ嵐のなか揺らめく木の葉といったところか。森の木々が何枚の葉で構成されているかを誰も把握できないように、比率計算で導きだされた複雑な音像から個々の音を聴取するのはもはや不可能だ。
 しかしそれこぞがシュトックハウゼンの意図したところで、今までとは「別の耳」を聴く者に要求している。このたびの企画で長い眠りからさめた20世紀の古典が、おのれの聴覚の限界を知れとばかりに、現代音楽の多様性に埋没しているわれわれの耳に生々しく響いてきたのである。

 もう一つ、再三指摘されている思うが、この曲はオーケストラの配置上、聴く者の位置によってまったく異なった曲のように聞こえる。従来の「コンサートを聴く」ということが共通の音楽体験をもたらすという概念を覆し、一人一人が異なる体験をし作品と聴衆の関係は1対1となる。
 この空間性は現在の音響作曲法とは似て非なるものだ。
 このように根底で既成概念を破壊しようという意志が、シュトックハウゼンが今なお新しさを失わない所以であるのかもしれない。

 さて、実際に今回演奏した人のコメントを頂くべく画策してるんですけど未成功。ただ、昔は某N響も決まり切った曲をやっていればよかったのに、最近は次から次へと新しい曲をやらないといけないから大変らしいですよ。

 ちなみに今回、3人の指揮者の要となる中央のオーケストラIIを振ったスサンナ・マルッキはフィンランド出身の御歳40歳の才媛。アンサンブル・アンテルコンタンポランの現在の音楽監督。現代音楽のエキスパートらしい。

 この曲、本場ドイツや欧州では比較的演奏機会があるようだけど、日本では先日の演奏が日本初演から35年ぶりの再演で次に日本で演るのは一体いつになるのやら。


 10年前にサイモン・ラトルが中央のオーケストラを振った時の映像がYoutubeにあるので、こちら(「石版!」カールハインツ・シュトックハウゼン《グルッペン》)からお楽しみ下さい。

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インド洋給油撤退に米反発 初訪米に懸案 鳩山氏に勝算は?

インド洋給油撤退に米反発 初訪米に懸案 鳩山氏に勝算は?
9月11日0時42分配信 産経新聞

 次期政権を担う民主、社民、国民新3党が、インド洋で給油活動を行う海上自衛隊を来年1月に撤収させる方針を固めたことを受け、米政府はさっそくイエローカードを突きつけた。米政府は米軍再編をめぐる日米合意の見直しにも強い懸念を示している。民主党の鳩山由紀夫代表は9月中旬に訪米し、米国のオバマ大統領と初の首脳会談を行う考えだが、懸念材料は増えるばかりだ。

 これはヤバい。
 本気で米国への協力を打ち切れば極東の安全保証のみならずアジア全体の米軍の戦略にも大きな影響を与えるではないか。
 こうした影響が大きな問題では外交政策は政権が変わっても継続しなければ国際社会の信頼は得られないだろう。特に米国からは信頼に足りるパートナーだとは見なされなくなるだろう。北朝鮮からミサイルが飛んできても米軍の協力は得られないということだ。

 そもそもこのような外交政策は長期的な視点に立って国民的な議論をするべきではないのか。国民投票したっていいくらいだ。
 社民党との関係の方が大事なら結局は政局しか考えないのが民主党ということだ。

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民主、共産 「核密約」調査で一致

民主、共産 「核密約」調査で一致
9月11日7時57分配信 産経新聞

 民主党の鳩山由紀夫代表と共産党の志位和夫委員長が10日、国会内で会談し、志位氏は鳩山氏に、米軍の核搭載艦船の日本通過・寄港を黙認したとされる日米両政府の「核密約」問題の関連資料を提供した。これに対し、民主党側は新政権として調査に当たることを約束した。

 会談には外相就任が内定している民主党の岡田克也幹事長が同席。志位氏が「密約文書」とされる1960年に駐日米大使が米国務省にあてた電文の写しを手渡し、鳩山氏は「ありがたい。事実が大事だ」と述べた。また、岡田氏は「代表も私も密約問題については、明らかにすべきだとの立場だ」と述べ、外務省に調査させる考えを示した。

 鳩山氏は10日夜、党本部で記者団に対し、日米の核密約について「真相を国民に明らかにしたい。結果が出た段階で真相を国民にお知らせする」と述べ、新政権での調査を明言した。

 これってどうなの?
 外交上の機密をダダ漏れにしたら他の国に相手にされなくなるんじゃないの?
 ただでさえ外交は本音と建前の差が大きく、表では国際貢献であるとか世界平和とか綺麗ごとを言っていても、本音では国益しか考えないのが当たり前の世界で、権謀術数渦巻く世界なのに、こういった本音の話や大人の解決ができなくなって外交ができるのか?
 一時は国民を欺くように見えることがあっても国益を考えるなら密約もアリだと思うのだが、政権交代によって時の政権以外のチェックがされるのであれば良いのではないか?
 せめて機密情報は秘密会にして外交委員会の中で収めるとかにすべきだろう。
 すべてを国民の目に晒せばいいというのは聞こえはいいかもしれないが日本の外交を破綻させようとする反日分子の策謀にしか思えない。

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2009/09/10

ロールケーキ

 無性にロールケーキが食べたくなって仕事帰りに新横浜キュービックプラザをウロウロ。
 結局、霧笛楼のロールケーキ(いちご)買って帰る。
 生地が結構堅くてロールケーキの一般的なイメージとは違う。
 好みはスポンジふわふわでクリームふわふわで新鮮なフルーツがいっぱい入ってる奴なんだけどな。

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2009/09/09

クルターグの亡霊

今年の7月ぐらいにKairosレーベルから出たCDの紹介です。

ハンガリーの作曲家であるクルターグのピアノ曲を中心に、クルターグが影響を受けた古今東西の作曲家の作品を取り混ぜたアルバムです。

Pilsnerさんのブログk soběで紹介されているので、引用します。
コピペで恐縮です。だってまだ聴いてないんだもん。

(引用はじめ)
ピアニストのマリノ・フォルメンティは、ライナーノートに収録された詳細なインタヴューの中で、なぜ「Ghosts 幽霊」なのかを明かしている。

クルターグの音楽には、ほとんど強迫的な位に我々の音楽的伝統との結びつきが見られるように思う。彼の音楽には音楽史から多様な生産力とともに、そのしがらみも反映されていると言えるだろう。しがらみと生産力。もちろんそれは我々にも言えることで、実際、クルターグの幽霊は我々の幽霊でもある。無論、我々も、その幽霊のおかげで過去の偉大な作曲家たちを近しい者にできるのだが。

取り上げられた作曲家は、古くはマショーから始まりパーセル、バッハ、スカルラッティ、ロマン派ではシューマン、ショパン、リスト、新しいところではヤナーチェク、バルトーク、メシアン、リゲティ、シュトックハウゼン、ブーレーズなど、なんと17人にもおよぶ(意外なことにモーツァルト、ブラームス、ドビュッシー、ショスタコーヴィッチがない)。そのうちの何人かはクルターグの作品タイトルに名前をトリビュートされている。トラックのほとんどは3分未満で、曲によってはほんの断片だが(ベートーヴェンのバガテルはたった9秒!)、全70曲からなりCD2枚分もある。これらをフォルメンティは切れ目なく弾き繋げていく。

フォルメンティはイタリア生まれのピアニスト・指揮者で、今までケージやラッヘンマン等の現代曲を数枚録音している。今回初めて聴いたが、濁りのない美音と凄まじいテクニックの持ち主で、しっとりと余韻を響かせる一方、断片的な連結の緊張感を際立たせるため驚くような力技も披露する。これによりクルターグの簡潔な音楽の背景にある特徴が確かに浮かび上がってくる。

フォルメンティはクールな公式サイトを持っており、そこで2007年4月にサンフランシスコのデ・ヤング美術館において演奏した「幽霊」の動画を公開している。
(menu: sample ⇒ video)。

このCDはORF(オーストリア放送協会)との共同制作で、録音も良好。
ピアノが好きな方には特にお奨めしたい。

詳しい曲目は以下の通り。

CD1:
DE MACHAUT: Loyauté, que point ne delay
KURTÁG: Hommage à Farkas Ferenc No. 2
DE MACHAUT: Trés douce dame
KURTÁG: Hommage à Farkas Ferenc No. 4
KURTÁG: Hommage à Stockhausen
STOCKHAUSEN: Klavierstück No. 2
MESSIAEN: Île de Feu 1
KURTÁG: …humble regard sur Olivier Messiaen…
KURTÁG: Hommage à Pierre Boulez
BOULEZ: Notation No. 10
BOULEZ: Notation No. 12
MUSSORGSKY: Catacombs
KURTÁG: Hommage à Musszorgszkij
MUSSORGSKY: The First Punishment
KURTÁG: Hommage à J.S.B.
KURTÁG: Hommage à Domenico Scarlatti
KURTÁG: Hommage à Farkas Ferenc No. 3
SCARLATTI: Sonata K 394
KURTÁG: Hempergös (Tumble-Bunny)
KURTÁG: The Five-Finger Quarrel
BACH: Praeludium d-moll BWV 875
KURTÁG: Versetto: Temptavit Deus Abraham…
KURTÁG: Consurrexit Cain adversus fratrem suum…
HAYDN: Il Terremoto (The Earthquake)
KURTÁG: Sirens of the Deluge
SCARLATTI: Sonata K 197
KURTÁG: Fugitive Thoughts about the Alberti Bass
KURTÁG: All’ Ongherese
SCHUBERT: Ungarische Melodie D 817
LIGETI: Musica Ricercata No. 8
BARTÓK: Hungarian Peasant Song Op. 20, No. 2
KURTÁG: Orosc Tánc—Russian Dance
BARTÓK: Hungarian Peasant Song Op. 20 No. 5
BEETHOVEN: Bagatelle Op. 119 No. 10
BARTÓK: Rumanian Folk Dance No. 6
KURTÁG: Do-Mi D’arab

CD2:
PURCELL: Round O
KURTÁG: Tears
KURTÁG: Les Adieux (in Janáceks Manier)
JANÁČEK: On an Overgrown Path, II, 2
KURTÁG: Doina
SCHUBERT: Walzer D 365, no. 22
KURTÁG: Hommage à Schubert
KURTÁG: Keringö ( Waltz )
CHOPIN: Mazurka Op. 41, No. 2
KURTÁG: Hommage à Petrovics
KURTÁG: Hommage à Zenon
SCHUMANN: Kinderszenen: Frightening
KURTÁG: …and once again: Shadow-play
KURTÁG: Agitato
SCHUMANN: Kinderszenen: Blindman’s Buff
KURTÁG: (…and round and round it goes)
KURTÁG: Face to Face
SCHUMANN: Davidsbündlertänze Op. 6, No. 8
SCHUMANN: Davidsbündlertänze Op. 6, No. 9
KURTÁG: Nyuszicsököny (Stubbunny)
SCHUMANN: Davidsbündlertänze Op. 6, No. 4
KURTÁG: In Memoriam Edison Denisov
LIGETI: Musica Ricercata No. 9 (Bela Bartók in Memoriam)
KURTÁG: In Memoriam András Mihály
LISZT: La Lugubre Gondola No. 1
KURTÁG: For Marianne Teöke
KURTÁG: In Memoriam Lajos Vass
LISZT: At Richard Wagner’s Grave
KURTÁG: Szunyogh Istvàn in Memoriam
KURTÁG: Marina Tsvetayeva: It’s Time
SCHUMANN: Kinderszenen: The Poet Speaks
KURTÁG: …de már elfelejtettem…
KURTÁG: Lendvai Ernö in Memoriam
KURTÁG: In Memoriam Pál Járdányi
(引用終わり)

これは当然「買い」なんですけど、なにしろお金がない。。。
Kairosレーベルなので近々Naxosでオンラインで聴けるようになることを期待。

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民主党政策おさらい(1)

 いやまぁ、民主党政権発足まであと一週間を切りましたけど不安でいっぱいですよ。自民党の時は、今以上に急に悪くなるはずがないという変な安心感がありましたけどね。
 そういや同じく自民党が政権の座を降りた細川政権発足の時は閉塞感を吹き飛ばす期待のようなものの方が大きかったですけどね。

ま、ちょっと民主党政策のおさらいでもしてみましょう。

・子供手当
 少子化対策・未来の日本を担う人材の育成として子育てをしやすくする発想自体はよいが、財源は扶養控除の廃止というのはどうか?
 社会全体で子育ての負担をするということ自体はよいが、子供がいない世帯では増税になるのだから、累進課税の見直しなどとセットにしたり所得制限をしないと金持ち優遇になるのではないか。

・高速道路無料化
 自民党の人気取り政策の真似なのか?
 そもそもエコの時代に自動車利用を促進する必要があるのか?マニュフェストには地球温暖化政策も書いてあったが矛盾するではないか。(そもそも「温室効果ガスを2020年までに1990年比25%削減」という非常にハードルの高い非現実的な公約と両立するはずがなかろう。高速道路の利用料を値上げして、値上げした分を二酸化炭素削減に充てるならともかく。それを言い始めると二酸化炭素排出が温暖化の原因だという科学的な確証はないんだけどね。実は仮説の一つにすぎない。)
 財源にガソリン税などを当てるにしろ利益を受けるのは高速道路を利用する人だけだから不公平感は否めない。使わなきゃ損的な発想で内需拡大を計ろうということはアメリカ的な大量消費社会にしようとしているのか?
 家計の支出を減らすために車を手放す人もいるのに、これも金持ち優遇につながるのではないか?

・在日外国人に参政権付与
 在日外国人には歴史的に北朝鮮籍や韓国籍の朝鮮半島出身者が多いのは事実。問題なのは朝鮮総連系の人たちなどが現北朝鮮体制の盲目的支持者であること。核問題や拉致問題のみならず今の北朝鮮は外貨獲得のために覚せい剤や偽タバコ、偽札を輸出している国家的に犯罪を犯す国だということ。たとえ地方参政権だけにせよ、このような犯罪を肯定したり見て見ぬふりをする人たちに参政権を与えることには問題がある。

・教員免許更新制度
 前にも書いたが、無能力であったり教師としての適性に問題がある教師を再雇用しないための制度なのに、民主党は凍結・見直しを行うと言っている。よりよく改善するならよいが、プロ市民教師の言いなりになって野放しにすることは教育上非常に好ましくない。
 そもそも教育の中立性は教育委員会制度によって担保されているはず。文句があれば任命権者である首長や承認を与える議員を選挙で変えれば良い。
 でなければ教育委員会公選制であるとか、地域のメンバーから構成される第三者的な機関を設けてはどうか。

・北朝鮮融和政策?米軍とは一線を画す?どうなのよ?
 いやマジで何をするのか分からないのが北朝鮮の怖さですよ。日本を核攻撃する心配がないかというと完全には否定できない。
 緊張を高め譲歩を引き出すというのが常套手段ですから、日本に二三発ミサイルを撃ち込んで話し合いに持ち込もうとするバカが現れないとも限らない。
 そんな事態になっても韓国は内心ザマー見ろと思うだけだし、自分の身は自分で守らないと。
 本当に大丈夫なんですか?日本の安全。

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2009/09/07

In Nomine

 それで、どうしてIn Nomineかと言うと、こんなCDdownを聞いたからですよ。

 面倒くさいので解説はカデンツァのホームページから引用

 「イン・ノミネ」とは17世紀イギリスの器楽曲でよく使われた標題でジョン・タヴァナー(1490-1545)が作曲したミサ曲「汝、三位一体に栄光あれ」のベネディクトゥスの中で「In nomine」と歌われる部分が非常に美しかったため、この部分が特に独立して「イン・ノミネ」と呼ばれるようになり、その後、この部分の旋律が多くの作曲家が器楽曲を作曲するにあたり定旋律として用いるようになったという歴史がある。
 このアルバムでは、その「伝統」に従い、アンサンブル・ルシェルシェの呼びかけに応じ、現代の名だたる前衛作曲家達が、これを題材にした同名の作品を連作している。もちろん「イン・ノミネ」を定旋律にした伝統的な作曲法を採る作曲家がいるわけがなく、一つの素材もしくは題材にそれぞれの作曲家がどうアプローチしているかが、作風の違いとともに、このアルバムの聴き所となっている。
 作品は最短が24秒、最長10分、平均2分から3分のミニアチュールばかりで、図らずもKAIROSが推す現代作曲家・名鑑といった観がある。冒頭に本家ジョン・タヴァナーのオリジナル「イン・ノミネ」の器楽編曲版が演奏された後(アンサンブル・ルシェルシェによる古楽はモダンで、クロノス・カルテットの「アーリー・ミュージック」を思い出させる。)現代作品が続くが、合間にはヘンリー・パーセル、トマス・タリスらの「イン・ノミネ」が差し挟まれ、時を越えた祈り(時に叫び?呪詛?)がこだまする。

 概ね同意(笑)。
 でもこのアルバムに入っているクルターグの作品はクラリネットではないかしらん?クルターグの作品目録にも「In Nomine」という作品はなさそうなので調査中。

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クルターグ In Nomine

 だいぶ前の話ですが、bobbidaさんのブログBweebida Bobbidaでクルターグに言及した記事を見つけたので御紹介。

 おととしのミニ・コンサートでヴィオラの佐藤佳子さんがイン・ノミネを演奏した由。その延長で、

(引用はじめ)
「そのままアフターコンサート・トーク。進行は作曲家の原田敬子。昼のライブの時のような演奏批評は行なわずに主に佐藤と大宅への音楽への取組みに関するインタビュー。

面白かったのは作曲家クルタークの話題の時。原田も佐藤もクルタークのレッスンを受けたことがあるそうで、原田がその変人ぶりを紹介する。演奏が気に入らないとコンサートで演奏させないとか、音の長さの指定のない譜面なのにいざ演奏すると「それは違う」と言うとか。更には曲を弾こうとしてピアノに指を落とす前に「違う」と止められたとか。

すかさず客席の高橋悠治が切り込む。「それは音を出さなくても判るんだ。要するに身体が動いてるかどうか。身体に音が入ってるのか、音符をなぞってだけなのかは見れば判るんだ」という主旨の発言。武芸の達人のような高橋悠治であった。」
(引用終わり)

 変人ってほどではないと思うのですけどね。
 頑固というか、なんというか妥協しないというか、ね。

 あぁ、関係ないけどこのブログ主、先日のシュトックハウゼンの『グルッペン』も聴いているのですね。羨ましい。

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